その日の少年は、気分がよかったが、
次の日はまた元の気分に戻っていた。。
「僕の気分はまるでロンドンの空のようによく変わる。。」
少年はそんな気分だった。
そして、まだ10歳そこらのいたいけな少年が街中の路上で歌っていると、
そこにはマフィアやら、ジプシーやらの「人攫い」が多くいたり、
または監視員みたいなのがまたいて
少年を孤児院へと連れ戻そうとしたりするので、
本当は夜雨が少し降っても街角の
ストリートコーナーにある、ビルとビルの角の間に潜り込んで
猫と一緒に寝ていたい気分だったのに、
大抵の時は身の安全の為にもまた「Dust bin」の中で
猫を抱えて寝るしかしょうがない夜もこのところ続いた。
そしてあのお姉さんは時々少年の前を通りすがりに
まるで何でもないようにさっと小銭を置いていくことはあったが、
あの時のように少年に直接話しかけようとはしなかった。
いつも「遠くから見守ってくれている」ような気はしていたけど。
それが少年には少し寂しかった。
身寄りも何もない、猫ぐらいしか生きる拠り所のない少年。
雨に向かって上をむいて歌っているのには、
そんな寂しさや悲しさで泪が溢れ落ちるのを防ぐためでもあった。。
そんな夜は猫を抱いていてもとても寂しかった。
そして猫もそこから時々出ていって戻らないこともあった。
ある朝少年は、上の扉が突然開いて、ドサッと大きなゴミの袋が落ちて来た時があった。
「ギャーッ!!」と言うと、
入れた人が驚いて逃げた。
「もうこんな生活嫌だ。」と思うようになった。
そして長らくお風呂にも入っていないことを思い出した。
少年は田舎の割といいお家の子だった。
そんな自分がこんな姿に落ちぶれてしまって、と
憐れみを通り越して自暴自棄になりそうだった。
そんな時の夜、あのお姉さんが道を歩いているのを見かけた。
どうやら職場近くで同僚とレストランか何か行った帰りだったらしい。
お姉さんはいつもより少しおめかしをして、
ヒールのある靴を履いて素敵なバッグを持っていた。
少年はスーッと吸い込まれるように、
そんなお姉さんの後を着いて行って、
お姉さんが乗ったHop inできるDouble Deckerに一緒に後ろから乗り込んだ。
お姉さんは少し酔っ払っているようで、眠気を誘っているのか
少年には気づかなかった。
その頃はまだ1990年代のロンドンで、Hop in & outができたから、
少年は無銭乗車はお手のものだった。
そしてそのバスは、ハイドパークの北側のBayswater Roadを東へと走っていった。
Notting hill gateに着く少し前にお姉さんがバスから降りた。
そして少年も同じく降りてみた。
そこは、高いマンションの多く連なる高級住宅地の一角だった。
田舎者の少年にとっては初めて来るような場所だった。
そして真ん中には大きな鍵付きのPrivate Squareがあって、
その周りの住人しか中には入れない。
その中には大きな木々も茂っていた。
そしてお姉さんはその近くの石畳のある可愛らしい中世の建物の残る通りを抜けて
自分のマンションのあるそんなスクエアに向かっていた。。
夜でも周りはボーッと街灯の光が灯っていて、
月と同じ色の光を放っていた。
少年が住んでいるような、危なっかしい中心街とは違い、
夜でも安全そうな場所だった。
そしてお姉さんはその中の表に階段のある建物の一つに入って行った。
そしてお姉さんが入って行ってからしばらく経って、
マンションの上の方の階の部屋の明かりがついた。
「ああ、あの部屋に住んでいるんだな。」と思った。
そして外のドアベルでその部屋の場所を確認してから、
少年はまた自分の来た場所に帰ろうかと思ったけど、
もしかしてここで一夜明かした方が身の安全を保てるかも?・・とも思った。
そしてその建物のドアの前で一晩を明かすことにした。
階段の上にはちょうど柱や囲いがあって、姿が外からは見えにくかった。
「いいな、こんなお家に住めて。。」
少年は静かに、月夜の下でそう思った。。
そうすると少年はこんな夢を見た。。
誰かが夢の中で、
「満月の夜に近くのHolland Parkの森に行くと、
森の奥にいる幾千もいる白ウサギたちが
一斉に月の光を浴びて発光して、
空に飛び立つんだって・・」
そんな声がしたんだ。。
そして少年はそれを自分も見に行きたいと思った。
誰かの夢を自分も見ているような気分だった。。
そしてそれを見たら自分もしあわせに飛び立てる気がしたんだ。。
その夜はほんのりと温かく、
まるでいつも傍にいた白猫が、月光を浴びて
真っ白の綺麗なふわふわの白うさぎのような毛になって
それを抱いた少年のお腹を温めているようでもあった。
とても、不思議な気分。。
そして少年はそのウサギになった白猫に
" レラ "という、ある少女の名前をつけた。
「夢の中で誰かがそう耳元で囁いたんだ。。」と言って。。
その晩は少年はまるで居なくなった母親に抱かれているような気分になって
丸くなって、朝までぐっすりと、久しぶりに眠った。
" Silent Moon ~ Run Rabbit Run "
Asylum