2013年6月27日木曜日

「御伽の国行き」の”船”の旅の成れ果て。

なんで”おとこ”っていつも、

”宛先のない船”の旅に出ようとするんだろう。。

その先には、水平線の向こうには、

”昔”みたいに、

地表が割れて、

滝のように海の”水”が無限の”宇宙”の波の中に

叩きつけられているというのに。。


なんでそこが”世界の果て”に繋がっていることがわからないのだろう。。

どうして”そっちに行ったら””そうなる”ということがわからないのだろう。。

どうして”人生”の岐路で、”目の前”にはっきりとした”表札”が書かれてないと、わからないのだろう。。


どうして”世界の果て”が”夢の続き”と想って、

”いざなわれて”、”崖っぷちまで”辿り着いてしまうのだろう?

どうして”さいしょ”から、”それ”がわからないのだろう?


まだその宛先のない船の旅の行く先は、”御伽の国”に繋がってるとしんじて、”夢が破れるまで”、きづかないから。。

0 件のコメント:

コメントを投稿